説明

試料採取具

【課題】 生体分子が含まれるゲル等の担体から目的のバンド又はスポットを簡易に且つ再現性よく切り出すことができ、ゲルからの目的物質の回収率をも高めることが可能な試料採取具を提供する。
【解決手段】 チップ1は、略円筒状を成す胴部10の一方端10aに方形カップ状の採取部20が設けられたものである。胴部10は、基部11、中位部12、及び先端部13から成っており、他方端10bから一方端10aに向かって先細りに形成されている。また、先端部13と採取部20とは、採取部20の底壁21で隔てられているが、底壁21には細孔Hが穿設されており、これにより胴部10の内部空間と採取部20の内部空間とが連通している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体分子を含む担体から試料を採取するための試料採取具に関する。
【背景技術】
【0002】
ポストゲノム時代の重要な研究として、プロテオーム解析が注目されている。プロテオーム解析では、生体を構成する細胞内に含まれるタンパク質の網羅的な解析が行われ、近年、電気泳動によるタンパク質分離、及び質量分析を用いたタンパク質プロファイリングが頻繁に行われている。代表的な解析手順としては、まず、電気泳動用に調製した生体試料を、ポリアクリルアミドゲル上に一次元的又は二次元的に分離させ、染色、画像解析を行い、その結果に基づいて各タンパク質のバンド又はスポットの切り出しを行う。次に、切り出した試料に対してゲル内タンパク質酵素消化を施した後、溶液試薬等を用い、質量分析用の被検体試料としての消化ペプチド断片を含むサンプルを回収する。それから、ペプチド断片の質量分析を実施し、予め取得されているタンパク質から予想されるペプチド断片の質量スペクトルと、実測された質量スペクトルのパターンを比較照合し、消化前のタンパク質を同定する。
【0003】
ここで、ゲルから目的のバンドやスポットを得るには、カミソリやメスの刃を用いて手動で切り抜く方法(例えば、非特許文献1参照)、質量分析用自動前処理装置を用いる方法(例えば、非特許文献2参照)等が挙げられる。
【非特許文献1】株式会社プロフェニックス社ホームページ[平成16年6月30日検索]、インターネット<URL:http://www.prophoenix.co.jp/contents_25.htm>
【非特許文献2】株式会社島津製作所ホームページ[平成16年6月30日検索]、インターネット<URL:http://www.shimadzu.co.jp/news/press/020715.html>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、カミソリやメスの刃を用いて手動でゲルを切り抜く方法は手間が掛かり、殊に、保持板上に一定の厚さを有して層状に形成されたゲルを、一旦、切り抜き易い例えば柔軟なシート上に移し替えてから切り抜く必要がある場合には、操作が一層煩雑となってしまう。また、そればかりではなく、クロスコンタミネーションを防ぐために、その都度カミソリやメスの刃を清浄する必要がある。
【0005】
さらに、バンドやスポットからの目的物質の回収率を高めるには、所望な部位周辺の余分なゲルを極力排除する必要があるが、カミソリやメスの刃を用いて手動で微小な部位のみを切り抜くことは非常に困難である。さらに、操作者の技能によっては再現性を十分に確保できないといった問題もある。一方、非特許文献2に掲載されているような前処理装置は大掛かりで高価であり、バンドやスポットの切り出しを行うのにより安価で簡便な方法が切望されていた。特に、試料数が少なかったり、目的のバンドやスポットの数量が少ないような場合にその傾向が顕著であった。
【0006】
そこで、本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであり、生体分子が含まれるゲル等の担体から目的の微小部位を簡易に且つ再現性よく切り出すことができ、ゲルからの目的物質の回収率をも高めることが可能な試料採取具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明による試料採取具は、略筒状を成す胴部と、先端に向かって開放された開放端を有しており且つ胴部の一方端にその胴部と連通するように接続された採取部とを備える。
【0008】
このように構成された試料採取具においては、胴部の一方端に接続された採取部の先端が開放端とされるので、例えばタンパク質等の生体分子が含まれるゲル等の担体内に採取部を埋め込むように押し当てることにより、採取部の内部空間に担体が充填される。このとき、採取部の周壁が担体に言わば突き刺さるので、採取部内に充填された担体はその周囲の部位から分離される。この状態のまま、採取部と連通する胴部内を負圧にすれば、採取部内のゲルを確実に保持しつつ、試料採取具をゲルから引き離すことによって当該部位のゲルが簡易に切り出される。なお、胴部内を負圧にする手段は特に制限されず、例えば、胴部内の空気を吸引できるようなピペットやシリンダ等を胴部の他方端に取り付ければよい。
【0009】
このとき、採取部の開放端の開口寸法及び開口形状を、ゲルにおける生体分子のバンド幅やスポットの大きさと合致するように予め設定しておけば、目的とするバンドやスポット以外の余計な部分の担体を一緒に切り出してしまうことが抑止され得る。また、本発明による試料採取具は、胴部と採取部との二段構造を有するので、両者の連通部を、切り出したゲル等の担体の移動を妨げるような寸法形状とすることにより、採取部から胴部へ担体が流入してしまうことを防止し易い。
【0010】
このような連通部の具体的な構造として、胴部と採取部との接続部位に、採取部の最外径よりも径が小さい貫通孔が形成されたものを採用すると好ましい。こうすれば、胴部の内部が負圧とされたときに採取部の内部空間に充填された担体が、胴部内にまで吸引されてしまうことを一層防ぎ易くなる。貫通孔の大きさや数は、担体の種類や性状、負圧時の胴部内の圧力等に応じて、担体が胴部内へ流動し難いように適宜設定することができる。
【0011】
より具体的には、採取部は、略カップ状を成しており、胴部は、その一方端が採取部の外径よりも小さい径を有して採取部の底壁に接続されたものであると更に好ましい。なお、採取部の断面形状は限定されず、例えば方形でも多角形でもよく円形でもよい。更に具体的には、断面矩形状を成すものを挙げることができる。
【0012】
このようにすれば、採取部が箱型構造とされるので、担体が切り取られたそのままの状態で保持され、またそれにより、切り取った担体を採取部からより排出(吐出)し易くなる。さらに、このように採取部が簡易な形状なので成形し易く、しかも担体上のバンドやスポットの寸法、形状、容積に合致させ易くなる。またさらに、胴部を一方端側が他方端側よりも細くなるようにいわゆる‘先細り’状に形成して試料採取具を小型化し易くなり、幅が細いバンドや微小なスポットを切り出し対象とするときの取扱性及び操作性が向上される。
【0013】
さらに、胴部は、周壁に切欠部又は切込部が形成されたものであるとより好ましい。このような構成にすれば、試料採取具をゲル等の担体に押し当てるときに、切欠部又は切込部を、それらと例えば係止又は嵌合可能な把持具等に固定することにより、胴部ひいては試料採取具を周方向において常に一定の向きとすることができる。よって、採取部が周方向に回動しないので、採取部が断面非円形の場合であっても、担体上の目的のバンドやスポットに対するその配向を一定化でき、採取対象である微小部位をより確実に切り出し得る。また、試料採取具が固定されるので、試料採取具をピペットやシリンダ等に取り付けたときの全体の操作性及び取扱性が向上される。
【発明の効果】
【0014】
本発明の試料採取具によれば、生体分子が含まれるゲル等の担体から微小部位である目的のバンドやスポットを簡易に且つ再現性よく切り出すことができ、ゲルからの目的物質の回収率をも高めることが可能となる。また、その結果、その後の分析処理における測定値のばらつきを抑えることができ、信頼性の高い解析評価を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。また、図面の寸法比率は、図示の比率に限られるものではない。
【0016】
図1(A)〜(D)は、本発明による試料採取具の好適な一実施形態を示す模式図であり、それぞれ正面図、上面図、下面図、及び側面図である。チップ1(試料採取具)は、略円筒状を成す胴部10の一方端10aに方形カップ状の採取部20が設けられたものである。胴部10は、基部11、中位部12、及び先端部13から成っており、それぞれ他方端10bから一方端10aに向かって径が徐々に小さくなるように先細りに形成されている。基部11は、中位部12よりも太径とされており、例えばピペット(図示せず)が着脱自在に嵌合するようになっている。基部11には、他方端10bからやや内部寄りにストッパ14が設けられており、そこにピペットの先端が当接する。また、基部11における中位部12側の端周には、二つの切欠部15,15が互いに対向する位置に形成されている。
【0017】
中位部12は、基部11と先端部13とを連絡する部位であり、基部11よりも径が細く且つ比較的長尺とされている。先端部13は、基部11及び中位部12よりも急角度で先細りとなるように比較的短尺に形成されている。先端部13と採取部20とは、採取部20の底壁21(図示上壁)で隔てられているが、底壁21には細孔H(貫通孔)が穿設されており、これにより胴部10の内部空間と採取部20の内部空間とが連通している。
【0018】
採取部20の開放端20aの開口寸法は特に制限されないが、例えば後述するタンパク質等の生体試料のバンドやスポットの大きさに合致するような寸法にすることが望ましい。具体的な寸法としては、例えば、断面の一辺が1〜2mm程度が挙げられる。また、採取部20の周壁の厚さも特に制限されないが、適度の強度が担保されれば、極力薄い方が好ましく、具体的な寸法としては、例えば0.05〜0.2mm程度が挙げられる。こうすれば、ゲルを潰してしまうことなく、周壁によってゲルを鋭利にせん断し易くなる。さらに、採取部20に設けられた細孔Hの径も特に制限されないが、後述するように胴部10内を負圧にしたときに、採取部20内に充填されたゲルが胴部10内に吸い込まれない程度にすることが望ましい。具体的な細孔Hの径寸法としては、例えば0.1〜1.0mm程度が挙げられる。
【0019】
このチップ1を用いて、電気泳動(PAGE)によってポリアクリルアミドゲル(担体)上に分離されたタンパク質の切り出しを行う手順の一例について説明する。なお、電気泳動には、一次元電気泳動及び二次元電気泳動が代表的なものとして多用されているが、チップ1は、いずれの場合にも適用することができる。
【0020】
まず、所定の基板上に形成されており、且つ、電気泳動が施された後、染色、画像解析によってタンパク質バンド又はスポットが特定されたシート状のゲルを用意する。次いで、チップ1をピペットに装着し、目的のタンパク質バンド又はスポットの上方から、チップ1の採取部20をゲルに突き刺すように押し当てる。この際、切欠部15に係止又は嵌合可能な把持具(図示せず)を、切欠部15がその把持具に係止又は嵌合したときに採取部20の開放端20aがゲルの基板面に当接するようにゲルの上方に設置しておくと好ましい。こうすれば、切欠部15をその把持具に係止又は嵌合させるだけで、採取部20をゲル中に確実に埋め込むことができる。
【0021】
こうして採取部20を目的のタンパク質バンド又はスポットの部位に押し当てると、採取部20の内部空間にその部位のゲルが充填される。このとき、採取部20の周壁がゲルに突き刺さりゲルを切り分けるので、採取部20内に充填されたゲルはその周囲の部位から分離される。次に、この状態でピペットを操作し、胴部10内の空気を吸引してその内部を負圧にする。そうすると、胴部10と採取部20とが細孔Hによって連通しているので、採取部20内に充填されたゲルは胴部10側に引っ張られて、チップ1中に確実に保持される。そして、その状態のまま、チップ1を上方に引き抜くことにより、採取部20内のゲルが基板から引き離され、ゲルシートから目的のタンパク質スポットが切り出される。このとき、胴部10内の空気を更に吸引してゲルをより確実に保持するようにしてもよい。そうして切り出されたゲルは、ピペット操作によって胴部10内を正圧にすることにより、採取部20から簡便に外部へ排出される。
【0022】
このように構成されたチップ1によれば、ゲルシートを基板から別の場所に移載することなく、チップ1を目的のタンパク質バンド又はスポットに押し当ててゲルを採取部20内に充填させ、ピペット操作を行ってそのまま引き抜くだけで極めて簡便にバンド又はスポットの切り出しを行うことができる。また、胴部10と採取部20との二段構造としたので、後述するように採取部20内のゲルが胴部10に流入し難い。また、それにより、切り出したゲルを採取部20から簡易に排出(吐出)させ易い。
【0023】
ここで、従来のピペットチップをチップ1の代わりに使用することも考えられる。しかし、従来のピペットチップを、ゲル上のバンド又はスポットに押し当ててゲルの一部を採取できたとしても、ピペットチップの先端でゲルを切り出す必要があるので、切り出し操作を確実に行い難く、また、ゲルへの押し当て方やピペットチップ内の吸引の程度又はタイミングによってゲルの切り出しにムラが出たりして、所望のバンド又はスポットを精度よく且つ再現性よく採取するのは困難である。また、従来のピペットチップはチップ1のような二段構造を有していないので、採取されたゲルがピペットチップ内を流動し易い欠点がある。こうなると、採取したゲルをピペットチップから排出するのも困難となってしまう。上述の如く、チップ1を用いればこれらの問題は解決される。
【0024】
また、チップ1では、切り出されるゲルの量は採取部20の内容積によって決まり、常に一定量であるので、切り出し量の再現性に極めて優れている。さらに、採取部20の開放端20aの開口寸法形状を、タンパク質バンド又はスポットの大きさ及び形状と略合致するようにしておくことにより、目的のバンドやスポット以外の不要なゲルを同時に採取してしまうことを防止できる。その結果、バンドやスポットからの目的物質の回収率を十分に高めることができる。
【0025】
またさらに、胴部10と採取部20とを細孔Hで連通するようにしたので、採取部20内に充填されたゲルが胴部10側へ吸い込まれることをより防止し易くなる。よって、切り出されたバンドやスポット部位を含むゲルを採取部20内に一層確実に保持しておくことができ、且つ、その全てを採取部20の外部へより排出させ易くなる。
【0026】
さらにまた、このようにゲルの保持性に極めて優れるので、例えば、ゲルの切り出し前に胴部10内に試薬等の薬液や溶液を予め吸入しておき、その後、ゲルを切り出して採取部20に保持させれば、その薬液や溶液と共に、切り出したゲルを採取部20から同一の容器等に一緒に排出させることができる。或いは、ゲルが溶液中に存在するような場合でも、チップ1を装着したピペットで吸引操作をすることにより、胴部10内に溶液を回収すると共に採取部20内にゲルを確実に回収することができる。そして、ピペットの排出操作によって、同一の容器等に溶液とゲルを一緒に排出させることができる。このような場合でも、ゲルの回収率を十分に高めることが可能となる。
【0027】
さらにまた、採取部20がカップ状を成し、言わば箱型構造とされているので、ゲルを切り取られたままの状態で保持し易い。またそれにより、切り取った担体を採取部20から極めて簡易に排出させることができる。加えて、採取部20が単純な形状であるので成形し易く、また、タンパク質バンドやスポットの寸法、形状、容積に合致させ易い。加えて、胴部10を一方端10a側が他方端10b側よりも細くなるように先細り状に形成したので、チップ1を小型化し易くなり、微小なタンパク質バンドやスポットを切り出す際の取扱性及び操作性を向上できる。
【0028】
さらにまた、切欠部15を把持具に係止又は嵌合させるようにした場合には、チップ1が周方向に回動しないので、採取部を常に一定の配向でゲルに押し当てることができ、バンド幅やスポットサイズが小さくなる程有用である。加えて、チップ1が固定されるので、チップ1をピペットやシリンダ等に取り付けたときの全体の操作性及び取扱性を向上させることができる。
【0029】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、その要旨を変更しない限度において様々な変形が可能である。例えば、チップ1の胴部10は角筒状であってもよく、採取部20は断面が円形のカップ状であってもよい。また、胴部10は必ずしも先細り状になっていなくてもよい。さらに、切欠部15は、なくともよく、一箇所のみに設けてもよいし、三箇所以上設けても構わない。またさらに、切欠部15は、より幅の狭い切欠であってもよく、つまり切込部としてもよい。さらにまた、適用できる切り出し対象はタンパク質バンドやスポットに限られず、例えばDNAのバンドであってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0030】
以上説明した通り、本発明による試料採取具は、胴部と採取部とを備えるので、生体分子が含まれるゲル等の担体から目的のバンドやスポットを簡易に且つ再現性よく切り出すことができるいわゆる‘ゲルピッカー’として機能し、ゲルからの目的物質の回収率をも高めることが可能となる。よって、生体分子を含む担体の分析及びそのための試料調製に広く利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】(A)〜(D)は、本発明による試料採取具の好適な一実施形態を示す模 式図であり、それぞれ正面図、上面図、下面図、及び側面図である。
【符号の説明】
【0032】
1…チップ(試料採取具)、10…胴部、10a…一方端、20…採取部、11…基部、12…中位部、13…先端部、10b…他方端、14…ストッパ、15…切欠部、21…底壁、H…細孔(貫通孔)、20a…開放端。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
略筒状を成す胴部と、
先端に向かって開放された開放端を有しており、且つ、前記胴部の一方端に該胴部と連通するように接続された採取部と、
を備える試料採取具。
【請求項2】
前記胴部と前記採取部との接続部位に、該採取部の最外径よりも径が小さい貫通孔が形成されたものである、
請求項1記載の試料採取具。
【請求項3】
前記採取部は、略カップ状を成しており、
前記胴部は、前記一方端が前記採取部の外径よりも小さい径を有して該採取部の底壁に接続されたものである、
請求項1又は2に記載の試料採取具。
【請求項4】
前記胴部は、周壁に切欠部又は切込部が形成されたものである、
請求項1〜3のいずれか一項に記載の試料採取具。
【請求項5】
前記採取部は、断面矩形状を成すものである、
請求項1〜4のいずれか一項に記載の試料採取具。




【図1】
image rotate


【公開番号】特開2007−209360(P2007−209360A)
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−222181(P2004−222181)
【出願日】平成16年7月29日(2004.7.29)
【出願人】(503318666)日京テクノス株式会社 (19)
【出願人】(000000217)エーザイ株式会社 (102)