説明

バーティシリウム・レカニYK−920菌株およびそれを用いた害虫および植物病害の防除剤

【課題】 様々な害虫を防除し、また植物病害の防除も行える糸状菌バーティシリウム・レカニを用いた微生物農薬を提供する。
【解決手段】 本発明は新菌株、バーティシリウム・レカニYK−920菌株(FERM P−20285)に関するものであり、また、本発明はバーティシリウム・レカニYK−920菌株を有効菌として含有する害虫防除剤および植物病害防除剤に関する。バーティシリウム・レカニYK−920菌株の菌体成分を含む水溶液を散布することによって、きわめて広範囲に各種の害虫を防除し、かつバーティシリウム・レカニYK−920菌株の菌体成分を含む水溶液を散布した植物は植物病害に対して高い防除効果を有することとなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はバーティシリウム・レカニYK−920(FERM P−20285)菌株およびその利用に関し、さらに詳しくは害虫防除効果および植物病害の発病抑制効果を有するバーティシリウム・レカニ菌株を有効菌として含有する害虫防除剤又は/及び植物病害防除剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在の植物の病害虫の防除には、化学農薬を用いる化学的防除が主流を占めている。化学農薬である殺虫剤や殺菌剤では様々な作用点を持ち、高い効果を有する薬剤が多数開発され、更に多くの施用法も同時に開発されてきた。これにより化学農薬を用いる化学的防除は植物の病害虫の防除と防除作業における労力の省力化に大きく貢献し、現在、広く普及している。しかし一方でこれらの化学農薬を用いた防除法には、耐性を持った病害虫の出現による防除効果の低下等の問題も発生しており、化学農薬に依存しない防除法の開発も強く望まれるようになってきた。
【0003】
このような要望に応えるものとして、近年、自然界から採集された微生物を利用した生物的防除方法が提案され、微生物農薬として一部実用化されてきている。
【0004】
微生物農薬を利用した害虫防除方法として昆虫病原性糸状菌である、ボーベリア(Beauveria)属菌、ペキロマイセス(Paecilomyces)属菌、ノムライー(Nomurea)属菌、及びバーティシリウム(Verticillium)属菌等を用いたものが知られており、現在、これら糸状菌を用いた微生物農薬がいくつか登録され、上市されている。一方、微生物農薬を利用した植物病害の防除方法としてフザリウム(Fusarium)属菌、トリコデルマ(Trichoderma)属菌等の糸状菌を用いたもの、バシルス(Bacillus)属細菌、シュードモナス(Psuedomonas)属細菌、エルビニア(Erwinia)属細菌、バークホルデリア(Burkholderia)属細菌などの細菌を用いたものが知られており、これらのいくつかも微生物農薬として登録され、上市されている。
【0005】
このうちバーティシリウム・レカニを用いた微生物農薬として「バータレック」、「マイコタール」が上市されている(例えば、非特許文献1)。本菌は、菌の系統によって害虫類に対する病原力や菌自体の特徴が異なることが知られており、上述したバータレックはアブラムシ類に対して高い病原性を持ち、マイコタールはコナジラミ類に対して病原性が高い系統である。また他にカイガラムシ類、アザミウマ類、ダニ類やシストセンチュウ、ネコブセンチュウに対して病原性をもつ系統、植物病原菌のさび病菌やうどんこ病菌(例えば、特許文献1)に対して拮抗作用を持つ系統についての報告がある。しかし害虫類に対して広範囲で病原性を持ち、また同時に植物病原菌に対して拮抗性を示すバーティシウム・レカニ糸状菌の系統についてはまだ見出されていない。
【非特許文献1】The Pesticide Manual Eleventh Edition, p.1266−1267, BRITISH CROP PROTECTION COUNCIL
【特許文献1】WO03/000050
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、複数種の害虫の防除又は/及び植物病害の発病抑制の効果を有する新規な菌株を分離することにある。本発明の更なる課題は、上記菌株を有効菌として含有し、微生物農薬として有効に使用できる害虫防除剤又は/及び植物病害防除剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、自然界から多数の菌株を分離して検定した結果、バーティシリウム属に属する1新菌株が、植物体の成長に悪影響をおよぼすことなく、数種の害虫に対して防除効果を有し、植物病害に対しても防除効果を有していることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち本発明は、害虫防除と植物病害防除の能力を有するバーティシリウム・レカニの菌株を有効菌として含有することを特徴とする病害虫防除微生物農薬である。更には、以下の菌株、並びに植物病害防除剤及び害虫防除剤を提供するものである。
(1)バーティシリウム・レカニ(Verticillium lecanii)YK−920菌株。
(2)バーティシリウム・レカニ(Verticillium lecanii)YK−920菌株を有効菌として含有する害虫防除剤。
(3)バーティシリウム・レカニ(Verticillium lecanii)YK−920菌株を有効菌として含有する植物病害防除剤。
【0009】
(バーティシリウム・レカニYK−920菌株の単離と寄託)
本発明のYK−920菌株は静岡県小笠郡菊川町の温室においてシルバーリーフコナジラミから単離された菌株である。これらの菌株は後記する形態学的性質をもとに、青木による同定法(昆虫病原菌の検索 1989)を参考にして同定したところ、バーティシリウム・レカニに属する新菌株であり、本発明のYK−920菌株は現在、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターにおいて、Verticillium lecanii YK−920(FERM P−20285)として寄託されている。
【0010】
(バーティシリウム・レカニYK−920の形態学的性質)
無色の分生子柄の中間部及び先端部において、突きぎり型(太い基部から先端まで均一に次第に細くなる)のフィアライドが2〜3本輪生分岐し、フィアライドの各先端には球状の胞子塊を形成する。分生子は無色、楕円形から円筒形で両端は丸く、単胞である。
【0011】
【表1】

【0012】
本発明の防除剤に用いるバーティシリウム・レカニYK−920菌株は、ふすまなどの資材培養、固形培地上での静置培養、液体培養等の公知の手段で増殖させたものを用いればよく、生存細胞が増殖するのであれば特に培地の種類、培養条件等に制限されることはない。
【0013】
本発明のバーティシリウム・レカニYK−920菌株は半翅目害虫、鱗翅目害虫、アザミウマ目害虫などの害虫を防除することができる。
【0014】
バーティシリウム・レカニYK−920菌株が防除することができる害虫として、具体的には、半翅目害虫、例えばトビイロウンカ(Nilaparvata lugens)等のウンカ類、シルバーリーフコナジラミ(Bemisia tabaci)等のコナジラミ類、鱗翅目害虫、例えばチャハマキ(Homona magnanima)等のハマキガ類、コナガ(Plutella xylostella)等のスガ類、オオタバコガ(Helicoverpa armigera)等のヤガ類、アザミウマ目害虫、例えばネギアザミウマ(Thrips tabaci )などをあげることができるが本発明はこれらの例により限定されるものではない。
【0015】
バーティシリウム・レカニYK−920菌株は不完全菌類(Deuteromycetes)に属する菌類に起因する植物の病害を防除することができる。バーティシリウム・レカニYK−920菌株が防除することができる病気の原因菌として、具体的には、セプトリア(Septoria)属菌、例えばコムギふ枯病菌(Septoria nodorum)をあげることができるが、本発明はこれらの例により限定されるものではない。
【0016】
本発明による害虫防除剤および植物病害防除剤においてバーティシリウム・レカニYK−920菌株は、水中胞子または気中胞子水懸濁液を単独で用いるほか、不活性な液体または固体の担体で希釈し、必要に応じて界面活性剤、その他の補助剤を加えた薬剤として用いてもよい。具体的な製剤例としては、粒剤、粉剤、水和剤、懸濁製剤、乳剤等の剤型等があげられる。好ましい担体の例としては、タルク、ベントナイト、クレー、カオリン、珪藻士、ホワイトカーボン、バーミキュライト、消石灰、珪砂、硫安、尿素、多孔質な固体担体、水、イソプロピルアルコール、キシレン、シクロヘキサノン、メチルナフタレン、アルキレングリコールなどの液体担体等があげられる。界面活性剤および分散剤としては、例えばジナフチルメタンスルホン酸塩、アルコール硫酸エステル塩、アルキルアリールスルホン酸塩、リグニンスルホン酸塩、ポリオキシエチレングリコールエーテル、ポリオキシエチレンアルキルアリールエーテル、ポリオキシエチレンソルビタンモノアルキレート等があげられる。補助剤としては、カルボキシメチルセルロース、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、アラビアゴム、キサンタンガム等、保護剤としてはスキムミルク、スクロース、グルタミン酸、pH緩衝剤等があげられる。この場合、バーティシリウム・レカニYK−920菌株の生菌体の量、さらには適用時期および適用量は上記生菌の場合に準じて適宜決定することができる。
【0017】
さらに、本発明の植物病害防除剤および害虫防除剤は、有効成分として必要に応じて他の殺虫剤、殺菌剤、除草剤、植物生長調節剤、肥料などのその他の成分を含むことができる。また本発明の害虫防除剤および植物病害防除剤は、バーティシリウム・レカニYK−920菌株とともに、他の種類の菌株を含有してもよい。
【0018】
本発明の害虫防除剤および植物病害防除剤は、そのまま直接施用するか、あるいは水などで希釈して施用することができる。害虫防除剤および植物病害防除剤の施用方法は、特に限定されず、例えば、直接植物や害虫に散布する方法、土壌に散布する方法、植物や土壌に添加する水や肥料に添加する方法などがあげられる。その他、製剤の施用量は、対象病害、対象害虫、対象作物、施用方法、発生傾向、被害の程度、環境条件、使用する剤型などによって変動するので、適宜調整されることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明のバーティシリウム・レカニYK−920菌株は、広い害虫防除スペクトラムを有し、複数種の害虫を防除すること、また植物病害にも防除効果を有し、植物病害を防除することができる。したがって本発明のバーティシリウム・レカニYK−920菌株を含有する害虫防除剤および植物病害防除剤は環境に対して安全性が高く、また複数種の害虫や植物病害に対して高い防除効果を有するので、他の併用手段を用いなくても広く害虫や病害を防止することができる。
【実施例】
【0020】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0021】
(バーティシリウム・レカニYK−920の分離・培養)
本発明のバーティシリウム・レカニYK−920菌株は静岡県小笠郡菊川町の温室においてシルバーリーフコナジラミから単離された菌株である。詳細に述べると、静岡県小笠郡菊川町の温室内におけるキャベツの表面から、本糸状菌が寄生していたシルバーリーフコナジラミを採取し、それを滅菌水に加え、希釈系列(1,10,100,1000,10000倍希釈)を作成し、それぞれ20ppmのナリジクス酸を加えたPDA(ポテトデキストロース寒天)平板培地に100μlづつ塗布し、5日後に形成されたコロニーをPDAスラントへ移植し、バーティシリウム・レカニYK−920菌株を分離した。
分離したバーティシリウム・レカニYK−920菌株をPDA平板培地で27℃、7日間静置培養した後、約10mlの滅菌水を加えて、滅菌した筆で気中胞子を掻きとり、菌糸をガーゼで濾して、滅菌水中に懸濁し、気中胞子懸濁液を作成した。また分離したバーティシリウム・レカニYK−920菌株をPD(ポテトデキストロース)液体培地200mlに加えて、一週間振とう培養した後、遠心集菌(7000rpm,4℃,5min)し、滅菌水中に懸濁し、培地成分を洗浄した。この操作を2回行い、再び滅菌水中に懸濁し、水中胞子懸濁液を作成した。
【0022】
(製剤例1:水和剤)
上記のようにして得られたバーティシリウム・レカニYK−920菌株の胞子懸濁液を8重量部、珪藻土40重量部、クレー50重量部、ジナフタレンジスルホン酸ナトリウム1重量部及びリグニンスルホン酸ナトリウム1重量部を混合乾燥後、粉砕して水和剤とした。
【0023】
(製剤例2:粒剤)
上記のようにして得られたバーティシリウム・レカニYK−920菌株の胞子懸濁液を6重量部、ラウリルアルコール硫酸エステルのナトリウム塩1重量部、リグニンスルホン酸ナトリウム1重量部、カルボキシメチルセルロース2重量部及びクレーを90重量部を均一に混合粉砕する。この混合物を、押出式造粒機を用いて14〜32メッシュの粒状に加工した後、乾燥して粒剤とした。
【0024】
次に本発明のバーティシリウム・レカニYK−920菌株が害虫防除剤及び植物病害防除剤として有用であることを試験例で示す。
【0025】
(試験例1:シルバーリーフコナジラミに対する殺虫効果試験)
セル苗キャベツにシルバーリーフコナジラミ成虫を放して約24時間産卵させた。産卵されたキャベツを9日間温室内に保持し、卵から幼虫が孵化してきた状態のキャベツを上記のようにして得られたバーティシリウム・レカニYK−920菌株の胞子懸濁液或いは水和剤(水中胞子懸濁液を使用して製剤化、以下同様)を200倍に希釈した菌液で浸漬処理した。風乾後、プラスチック製カップに入れて飼育し、16日後に生存虫数を数え、数1により死虫率を求めた。試験結果を表2に示した。
【0026】
(数1)
死虫率(%)=(処理前虫数−処理後生存虫数)/処理前虫数×100
【0027】
【表2】

【0028】
(試験例2:オオタバコガに対する殺虫効果試験)
上記のようにして得られたバーティシリウム・レカニYK−920菌株の胞子懸濁液或いは水和剤を200倍に希釈した菌液に、直径約12cmのキャベツ葉の1/2葉片を浸漬し、風乾後、容量60mlのプラスチック製カップに入れた。その中にオオタバコガ孵化幼虫を10頭放ち、湿らせた濾紙を入れて蓋をした。その後、25℃の恒温室(16L:8D)に置き、処理後6日後に生死を判定して、数1により死虫率を求めた。試験結果を表3に示した。
【0029】
(試験例3:コナガに対する殺虫効果試験)
上記のようにして得られたバーティシリウム・レカニYK−920菌株の胞子懸濁液或いは水和剤を200倍に希釈した菌液に、直径約12cmのキャベツ葉の1/2葉片を浸漬し、風乾後、容量60mlのプラスチック製カップに入れた。その中にコナガ2齢幼虫を10頭放ち、濾紙を入れて蓋をした。その後、25℃の恒温室(16L:8D)に置き、処理後6日後に生死を判定して、数1により死虫率を求めた。試験結果を表3に示した。
【0030】
(試験例4:ネギアザミウマに対する殺虫効果試験)
プラスチック製カップの半分まで寒天を入れその上にキュウリのリーフディスクをのせ、ネギアザミウマの1齢幼虫をリーフディスクに接種した。上記のようにして得られたバーティシリウム・レカニYK−920菌株の胞子懸濁液或いは水和剤を200倍に希釈した菌液を自動散布装置で散布(2mg/cm)し、逃亡防止のためにカップに蓋をした。6日後に生存虫数を数え、数1により死虫率を算出した。試験結果を表3に示した。
【0031】
【表3】

【0032】
(試験例5:コムギふ枯病防除効果試験)
直径6.0cmのプラスチック製の鉢に、コムギ種子(品種:農林61号)を10粒づつ播種し、温室内で育成した。第2葉が展開したコムギに、上記のようにして得られたバーティシリウム・レカニYK−920菌株の胞子懸濁液或いは水和剤を200倍に希釈した菌液を1ポット当たり10ml散布した。風乾後、コムギふ枯病菌(Septoria nodorum)の柄胞子を接種し、温室内で管理した。接種10日後にポット全体の第1葉の発病面積を調査し、表4の基準により評価した。試験結果を表5に示した。
【0033】
【表4】

【0034】
【表5】

【0035】
上記の結果から明らかなように、本発明のバーティシリウム・レカニYK−920菌株は幅広い各種害虫に対して高い殺虫活性を有し、また同時に植物体へ散布することにより植物病害に対しても高い防除効果を有している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
害虫防除と植物病害防除の能力を有するバーティシリウム・レカニの菌株を有効菌として含有することを特徴とする病害虫防除微生物農薬。
【請求項2】
害虫防除と植物病害防除の能力を有するバーティシリウム・レカニ YK−920菌株(FERM P−20285)。
【請求項3】
バーティシリウム・レカニ YK−920菌株を有効菌として含有することを特徴とする害虫防除剤。
【請求項4】
バーティシリウム・レカニ YK−920菌株を有効菌として含有することを特徴とする植物病害防除剤。

【公開番号】特開2006−169115(P2006−169115A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−359273(P2004−359273)
【出願日】平成16年12月13日(2004.12.13)
【出願人】(000000169)クミアイ化学工業株式会社 (86)
【Fターム(参考)】